散歩 プライジング宮殿 Preysing Palais |
オデオン広場将軍堂の裏にあるプライジング宮殿はヨーゼフ・エフナーによって1723-28年に建てられたミュンヘン最初のロココ宮殿。ヨハン・マクシミリアン4世・フォン・プライジング=ホーエンアッシャウ伯爵(1687-1764)のために建てられた。彼は3人の選帝候(マックス・エマヌエル、カール・アルブレヒト、マックス3世ヨーゼフ)の側近(役職は大臣)として、また当時議会で議長職を努め、皇太子の教育係、王室庁の最高権力者であった。作家ヨハン・ゲオルグ・キースラーはこの宮殿について「非常に華のある宮殿」と興奮気味に手紙に書いたと伝えられている。宮殿の中は壁画の施された豪華な三部構成の階段が残る。現在は店舗として使われていて内部拝観は階段を除いて不可。伯爵の死後、約70年後である1832年、バイエルン王ルートヴィヒ1世の息子で、後にギリシャ王に選出されるオットーがこの宮殿をレジデンツとして利用した。またこの伯爵のために建てられた別のプライジング宮殿もある(外観は全く同じ。大司教宮殿の近くにある)。 |
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